「童貞。をプロデュース」

この作品は今のところ年一回、一週間のみしか上映されない(来年あるかどうかはわからない)という、観るタイミングをちゃんと合わせなければいけないシロモノです。DVD化の予定まったく無し。今年は松江哲明監督の特集上映が組まれた事もあって観るチャンスが増えましたがそれでも2,3回程度。いまどきDVD化「しない」という選択肢を取るとは!


【解説】公式HPより引用

海外では『ボウリング・フォー・コロンバイン』『シッコ』のマイケル・ムーアが、国内では『A』『放送禁止歌』の森達也などが、それまで社会派一点張りだったドキュメンタリーとは一線を画す「面白い作品を連発し、ようやく娯楽的要素の強い個性はドキュメンタリーが市民権を得るようになった。在日韓国人という家族のルーツをあくまでも個人的な目線で描いた『あんにょんキムチ』(99)や、同じく在日のAV女優、AV男優の現実をエロと笑いに包んで描いた『セキ☆ララ』(06)といった劇場公開作品で一作ごとに話題を集めるドキュメンタリー作家・松江哲明が今回選んだテーマはズバリ「童貞」!笑ってはいけない。いまや「童貞問題」は、若者たちにとって深刻な社会問題ともなっているのだ。「引きこもり」「ニート」「オタク」・・・・・・全ては密接にリンケージし、彼らはもう「恋愛」すらまっとうに体験することができないのである。このままでは日本が危ない!これは、一歩間違えれば自分も「引きこもりのオタク」になっていたかも知れない松江哲明が、自らのくらい過去を棚に上げて、どうしようもないオタク男たちを叱咤し、おせっかいにも「童貞脱出への道」をプロデュースしてみせた、愛と勇気と感動のドキュメンタリーである。


【あらすじ】

【「童貞。をプロデュース」1 俺は、君のためにこそ死ににいく
自転車メッセンジャーのバイトをしている加賀賢三、23才。
半引きこもり状態だった彼は、異性とはセックスどころかキスの経験すらない。「純愛を経ないとセックスはできない」などとうそぶきながら、アダルトビデオを「汚い職業」と見下す高慢さとイケメンへのルサンチマンに満ちあふれたどうしようもないヘタレ男である。そんな彼に、片想いの女性まさみさん(仮名)に告白する根性はない。言い訳しか能のない加賀の姿に業を煮やした松江は。自分の職場であるアダルトビデオの撮影現場に彼を連行、スパルタ式に女性恐怖症を叩き直そうとするが・・・
【「童貞。をプロデュース」2 ビューティフル・ドリーマー
ゴミ処理業の会社でバイトをしている梅澤嘉朗、24才。
実家の村(ものすごい田舎)で暮らしている彼は、B級アイドルや特殊マンガ家・根本敬などに心酔するサブカルオタクで、自分の部屋に膨大な書籍や写真集やビデオを溜め込んでいる。彼が作った自主映画『独立宣言』は彼が想いを寄せる80年代アイドルの島田奈美に会う為、廃材を集めてタイムマシンを制作するという自作自演の作品だった。しかしすでに島田奈美は芸能界を引退し、本名の島田奈央子として音楽ライターになっているという。そこで松江は、なんとく彼の映画を島田奈央子に見せよう考えるが・・・



童貞1号加賀クン(左)と2号の梅ちゃん(右)

【予告編】はコチラとかコチラで。


以下、感想です。






松江哲明監督はボクが個人的に思い入れのある監督で、新作ができる度に楽しみにしながら観に行くのですが、数ある松江哲明監督作品の中でもこの「童貞。をプロデュース」が一番ポップな作品だと思います。見やすい。「エピソード1」も「エピソード2」も、どちらも主人公が「自分の人生を賭けて挑む舞台」に向かって話が進んでいくので、「ドキュメンタリー」というよりも「ドラマ」チックなんですよ。実際の映像を構成してるんだからドキュメンタリーなんですけどね。内容はストーリーがちゃんとあるファンタジー「ホント」であると同時に「ウソ」である。思いっきり矛盾していますがとりあえず順を追って感想を。


エピソード1の加賀クンは【あらすじ】の通りホントにヘタレ男なんだけど、観ていて不快感は無いのです。むしろ愛おしい。なぜなら男はみんなそこからスタートするから。わかる!すげえわかるよ!君の気持ちは!「AV女優なんて最低だ!」って言いながら部屋にAVが積んであるその感じ。彼は物語の中盤、鬼(松江監督)によって人生最大のピンチを迎える事になる。この顛末で加賀クンは現場にいたカンパニー松尾監督(松江監督の共犯者)に謝罪し、カンパニー松尾監督はそれに対して一言伝えます。このカンパニー松尾監督の言葉は童貞/非童貞どころか男女すら関係なく心に染みるのです。ああいう言葉を言える大人は少ない。普通の大人は子供(童貞)に対して恐らく真逆の事を言う。目からウロコとはこの事。この言葉が聴けただけでも充分観て良かった!と思いました。
加賀クンが苦悩し、ピンチを迎え、大人のアドバイスを受けて、告白という「人生最大の舞台」に向かう。面白いと言われるドラマのストーリーラインと全く同じ。そりゃあ面白いですよ!


エピソード1が終わり、2が始まる前に銀杏BOYZ峯田和伸さんが深夜の中野の商店街で「一曲」歌います。ボクは何の情報も入れてなかったので突然有名人が出てきて「一曲」披露する画にビックリしてしまいました。で、その「一曲」がすげえ良いんですよ。エピソード1を終えて2が始まる空気を作るのに丁度良い。それと併せてこのシーンは、この後に松江監督が作る「ライブテープ」「トーキョードリフター」の源流にもなっているんだろうなあと思いました。


エピソード2の梅澤クン(以下、梅ちゃん)は、正確に言えば「童貞」ではありません。でも間違いなく「童貞」なのです。【「童貞」って言うのは「やった」とか「やってない」とか関係なく、生まれた時から背中に焼き印ででっかく「童貞」って刻まれてるもんだ。】とは伊集院光師父のお言葉。まさにそんな感じ。「1」は加賀クンが尋常じゃなく追い込まれるシーンがあるのでハラハラしたり、気分を害してしまう人もいるかも知れませんが、「2」に関しては100%エンターテイメント。全シーン「イイ画」で埋め尽くされています。
「2」の冒頭、電車内で加賀クンが監督に梅ちゃんのエピソードをさんざん話した上での期待を裏切らない「梅ちゃん初登場」シーン。偶然とはいえ彼がどんな人か一発でわかる。後はもうエンディングまで「ドキュメンタリー」的な奇跡の瞬間の連続。次のシーンが毎回観客の想像を半歩超えてくる展開。観ていてただ楽しい。
梅ちゃんは加賀クンと違って既にもう人生の「道」を見つけているようにみえる。現状に不満が無い感じ。とんでもない田舎で仙人のような暮らしぶり。日々自分のためだけにアイドルの切り抜きをスクラップブックに貼る作業。休日はブックオフと、村崎百郎風に言えばゴミをやる(収集)。迷いが無い。だからゴミをやっている時に防犯用ライトが点こうが全く気にしない。それは、彼が好きなマンガ家、根本敬先生が「イイ!」とする人種「自分の世界でのみ生きる男」にちゃんと成長しているから。
梅ちゃんの人生のパズルはあと1ピースで彼にとっての完璧な世界が出来上がる。その1ピースは憧れのアイドルに自分の作品を観てもらう事。その1ピースを埋めるために彼もまた「人生最大の舞台」に向かうのです。
そのエンディングは更に観客の想像を超えてきており、そのラストの多幸感はドキュメンタリーという枠すら超えているような見事な形でした。


この映画、撮影しているのはほとんど本人なんですよ。だから彼らは「自分をこう見てもらいたい」という画を映しているはず。でも構成と編集は松江監督。ドキュメンタリーってのは構成と編集にセンスが宿る。「面白い」と思える瞬間を見つける能力の高い人が手を加えるとここまで面白くなるのか!と思いましたよ。監督の脳内にはストーリーラインがあって被写体にはそのラインがわかっていない。だからその時に起こる思惑のズレが面白くさせていると思います。改めて思い出してみてこの映画ですげえ!と思った瞬間は「2」のラストの梅ちゃんのリアクションの薄さです。たぶんあのラストだと監督は梅ちゃんの驚くリアクションが撮れると思っていたはず。でも梅ちゃんはそうでもなかった。そのズレがすげえ!と思いました。すべては思い通りにいかないんだね。だから面白い。梅ちゃんのあの表情が、実はこの作品の「ドキュメンタリー」の核となって集約されている気がします。


また、この映画には実は「ウソ」の部分があるんだよね。


どこらへんに「ウソ」が仕組まれてるか?なんて野暮な事は書きませんし、「ウソ」の解釈にもいろいろありますが、この映画には確実に「ウソ」が仕組まれています。でもね。その部分は「ウソ」であると同時に100%「ホント」なのです。

映っている部分と編集でカットされている部分。言っている事と言わない事。シュート(ガチンコ)とブック(八百長)。光と影。

「ホント」と「ウソ」が両立する瞬間がある。矛盾ではないんですよ。この事がわからないとこの映画の裏話を聴いた後、醒めたり憤慨したりしてしまう可能性があるかもしれません。
でもこの映画は「ホント」と「ウソ」が絶妙なバランスで成り立っている映画なのです。
このバランスは「DVD」化するには脆すぎる。映画館の中でしかこのバランスが保てない。
なぜならこのバランス自体が「人の心」で成り立っているから
この映画がものすごく魅力的だったり、またそれなのにも関わらずDVD化出来ない理由とかは、このあたりにあるんだろうと解釈しています。来年も恐らくこの映画は公開されるでしょう。また、いつの日か限定で公開される事もあるでしょう。その際は是非足を運んでみる事をお薦めします!



【おまけ】
男には一生に一度、光り輝く瞬間がある。童貞/非童貞の時期関係なく。
ナポレオン・ダイナマイト(邦題「バス男」)ダンスシーン