「原発アイドル」

今回は映画の感想では無く、昨年放送されたドキュメンタリー番組「NONFIX」の「原発アイドル」という作品の感想です。時期を逃したまま完成しなかった下書きを復活させます。


【あらすじ】※NONFIXホームページより引用

今や、その文字を目にしない日は無いといっても過言ではなくなった、「脱原発」問題。
原発は必要か否か?「3・11」以降、それは明確な答えの出ないまま、まるで空気のように、私たちの暮らしを被い続けている。
しかし…ある日、突然その答えを求められたら?
ここに、その渦中に立たされた少女たちがいる。職業=アイドル。
脱原発”ソングを歌うことになった少女たちが考える原発問題とは。家族や、ファンのとまどい。しかしそれはいつしか、少女が「原発」について“本気”で考えるきっかけとなっていった。
番組は、「脱原発デモ」と向き合い続けたアイドルを1年に渡り追いかけ、少女たちの心の変化を見つめていく。

以下、感想です。




ワタシ自身、原発問題にもアイドルにもほとんど意識がない(と、書くと熱心に活動されている方に誹りを受けるかと思いますが)と云うか、皆さんほど熱量がありません。
そういうスタンスのワタシが観てもこの作品は非常に面白い内容でした。


アイドルのドキュメンタリーでありながら、ファーストカットはデモ隊と対峙する警官たち(顔モザイクなし)。原発反対を掲げるデモ隊。舞台は東日本大震災から半年後の東京。そこに登場する明らかに場違いな女の子たち。彼女たちは「ダッ!ダッ!脱原発の歌」を歌うアイドル「制服向上委員会」のメンバーたちなのでした。

奥に映ってるの吉田豪さんとバニラビーンズのレナさんじゃね?


いきなり物々しい雰囲気で始まるので「アイドルドキュメンタリー」として観始めたワタシは結構面食らいましたが、制服向上委員会が初めて登場するシーンを観て幾分安心したのですよ。新宿のアルタ前で街宣車の上に上がる時の彼女たちの眼がムチャクチャ怯えちゃってんですよね。反原発運動を熱心に活動している「闘士」の眼じゃない。普通の女の子たちでした。この冒頭の彼女たちの眼がこのドキュメンタリーの「全て」を語っているので、非常に素晴らしいカットだと思います。


実はワタシ「制服向上委員会」を生で観た事あるんですよ。約20年くらい前に。高校時代に多摩テックに行った時に舞台でライブをやってるのを見かけました。要はそれくらい活動期間が長いアイドルなんですよ。ボクが見かけたときは普通のアイドルっぽかったですが、まさかこんなに政治問題に密着する歌を歌うアイドルになってるとはねえ...。作品内でも彼女たちはいろいろな会場で歌を披露しています。それがだいたい「反原発活動」の集会っていう...。客数に関しては一流アイドル並!でも、客層は「制服向上委員会」目当てでは無く、反原発活動で集まった方々。スゴい画ですよ!そりゃ彼女たちだってスッカスカのライブハウスで歌うよりも3,000人の前で歌った方がやりがいがあるだろうし。反原発活動をしている方々も盛り上がるだろうし。win-winってこういう事を言うんでしょうか。


明らかに「アイドル」として異質。にも拘らず、メンバーやその親御さんたちは、まるでその異質さに気付かないようにしているみたいに極めてポジティブにアイドル活動を行っています。こういうの見せられるとやっぱりその先の興味はどうしても「誰が仕掛けてンだ!?」って事に向きますよね。で、このドキュメンタリーが良く出来てるのはその「何なンだコレは!?」という疑問が浮くか浮かないか位の絶妙なタイミングで「答え」を映像で見せてくれるのです。見事な構成だと思います。「制服向上委員会のコンセプトって誰が考えてンだ!?」と思ったら次のシーンはちゃんと、仕掛人であるプロデューサーの紹介。
しかも更にスゴいのが「なんでこんな活動やってンの!?」っていう疑問を、作り手がちゃんとプロデューサーに聴いているところ。この疑問って割と商売に直結する、アイドルに於ける「ファンタジー」の部分だと思うんだけど、制服向上委員会のプロデューサーさんはあっけらかんとこの問いに答えちゃってる事にも驚きを隠せません。こういう「裏方の本音」って、AKB48ドキュメンタリー映画がはっきりと隠していた部分だからね。ここがAKB48ドキュメンタリー映画とは全く違う作品だと思います。どっちが良いかって話じゃないけどね。こっちの方が観客にも作り手の気持ちにも素直だよね。


幽霊の正体見たり 枯れ尾花 とはよく言ったもの。外見はアイドルだけど中身が団塊のおっさん。プロデューサーや裏方の一人である作曲家、頭脳警察PANTA(!)がこのアイドルたちを作っている。PANTAがインタビューで「アイドルは中身が空っぽだから作ってあげる、中身が空っぽだからアイドル=偶像なんだ。」とおっしゃってますが、この作品って「アイドル=偶像」だと云う事を的確に表現していると思います。
アイドルに憧れて福島から上京し、制服向上委員会のオーディションを受ける女の子。彼女は福島に住んでいながら、原発の事を質問されると答えに窮する。ただ、アイドルになりたかったから、人前に歌いたかったから制服向上委員会に入った。運営側は「原発問題には興味が無い」なんて言っときながら原発の集会に彼女たちを出演させる。反原発問題で活動している人々は彼女達を「同士」として仲間に迎え入れる。それぞれの思惑が見事にマッチした状態。


ぶっちゃけどうなんすかね?

これって良い事なんですかね?

さっきはwin-winなんて書きましたけど、どうにもこうにも「良かったね」とは良いづらい。


それはなぜか?


やっぱり冒頭の彼女たちの「眼」なんですよ。
あの、デモ隊の迫力に完全に呑まれちゃってるあの子たちの「眼」。
これが「反原発活動」に対し、心身共に前のめりになってるような子たちであれば「そりゃ良かったね〜」なんですけどね。口や態度では「脱原発!」とは言っておきながらものすごく周りに翻弄されてるように見えてならんのです。そして彼女たちの「眼」が「アイドル=偶像」だという事の一種の答えのような気がします。


だから、本編の後半でメンバーたちが車座になって「実際問題、『脱原発』ってどうよ?」とディスカッションするシーンは素晴らしかったです。はっきりした。メンバーたちが実際にどう思っているかがはっきりした。「脱原発の歌」に疑問を持つ子がいたり、「原発で助かる人たちもいる」という反対意見がちゃんと出てくる真っ当な子たちでした。
脱原発の歌」によって制服向上委員会を卒業した子もいたり、「これはコレ!」と割り切って歌う子もいる。本当にあの地震、あの原発事故がそれぞれの人生を変えてしまった。そこにBGMで流れる「原発さえなければ」という曲が、彼女たちをくっきりと反映していて見事でした。


監督は「アヒルの子」という、ご自身の半生を取り上げたスゲえドキュメンタリー映画を撮った小野さやか監督。監督の目線は「アヒルの子」の時のテンションと比べて、極めてクールでした。言っちゃなんだけどセルフドキュメンタリーを撮った人って次作がなかなか撮れなくなるって聞くけど、今回のテーマはかなり良かったのではないでしょうか。つか、よくこういうテーマを見つけてきたな、と思う。「自分の意志ではどうする事もできない環境に翻弄される女性」を描いたら抜群に上手い監督です。ご自身がそうだったからだと思うけど、同じように「環境に翻弄されている子たち」にやさしい。


ドキュメンタリーのテーマを「反原発」「脱原発」としなかったのは正解だと思います。極めて冷静に、それでいて彼女たちに暖かくカメラを向けていました。「反原発のドキュメンタリーじゃねえじゃねえか!」とお怒りの方も出てくるかもしれませんが、是非多くの人に観て頂きたい。外部の人間には全くコメントの仕様がない、完成されたwin-winの関係性。その真ん中にいる、訳が解ってないアイドルたち。こういう善し悪しとかを超えたものを見せてくれるのがドキュメンタリーの醍醐味だと思います。未見の方は是非!




【おまけ】
原発さえなければ:橋本美香&制服向上委員会」