「エンディングノート」

今回は新宿ピカデリーで公開されていた「エンディングノート」についての感想です。たしか今もどこかでやってるのかな?ドキュメンタリーというジャンルもすっかりお客さんが入るようになりまして、新宿ピカデリーなんて大きな劇場で公開されるようになったんですねえ。

【紹介】

熱血営業マンとして働き続け67歳で退職したサラリーマンが、第二の人生を歩み始めた矢先にガン宣告を受け、残された家族と自分の人生を総括するために “エンディングノート”を実行していく姿を収めたドキュメンタリー。本作の製作を務める是枝裕和に師事経験がある砂田麻美監督が、最期の日まで前向きに生きようとする父と家族の姿を映像に記録。重いテーマながら、段取り命で会社人生を送った当人らしい幕の引き方が感動を呼ぶ。

【予告編】

以下、感想です。




なんかの映画を観に新宿ピカデリーに行った際、この映画の予告編を観たんですよ。図らずもボロっと泣いてしまいました。今際の際にお父さんがお母さんに言われた一言。「一緒に行きたい。」この映画すげえもん撮ってるな!と。ホントに反射的に涙が出ちゃったんですよ。泣いたのがどんだけ反射的だったかって言うと、予告編観ながら、お父さんとお母さんのシーンの直前までは「うわ!これってそのまんま『死ぬまでにしたい10のこと』じゃねえか!」って腐してましたから。

まあ、でもまさか本編ではそんな風に作っている訳ではないだろう。あくまで予告編の為にわかりやすく編集しているんだろう。
なにより、あのシーンがあるような映画を観て泣かない奴は人間じゃねえよ!とくらい思ってたんですよ、ええ。




で、本編を観てみました。ああ、本編も「死ぬまでにしたい10のこと」の構成でいくのね...。
でもいろんな資料を観てみると、そもそも本作の主人公、砂田知昭さん(以下、「お父さん」)が実際に書いたエンディングノートってのは「自分が死んだ際には誰々に電話してくれ」くらいの極めて事務的な連絡事項でしかなかったそうな。で、ちょうど次女である監督が子供の頃から砂田家のホームビデオをずっと撮っていたそうで。それをいろんなエピソードで「再構成」するっていう発想は面白い。おかげでお父さんの人となりがボクら観客にも良く伝わって、非常にセンスのあるやり方だと思いました。
やっぱりお父さんのキャラクターが素晴らしいのですよ。深刻な話ではあるんだけど、お父さんの明るさが救いで重くならない。すごくお茶目。本当に最期まで立派な方だったんだなあと思います。


しかしですよ。観ていてどうもモヤモヤした気持ちが広がってきて、だんだんと映画の中に入り込めなくなってしまいました。
エンドロールが流れて上映終了。
「泣かない奴なんぞ人でなしだ!」と思って観た映画にもかかわらず、泣く事はなかったよ...。


もう、なんか、この映画に関してのあらゆる事全てが「そりゃホントに良かったねえ。」しか無いんです。
ボクのようなドキュメンタリーすけべにはちょっと苦手な作り方だなあ...というのが率直な感想。

このような「観た人の多くが感動の涙を流す作品」、しかも「監督のお父様の死という極めてプライベートな内容の話」を描いている話に対して言うのもなんなんですけどね。ここから先、モヤモヤした部分を自分なりに解釈していきます。「エンディングノート、スゴい良かった!」と思っている人は気分を害するかもしれないので、読んでて「ふざけんな!」と思われたら本当に申し訳ありません。





この映画は「砂田家のお父さん」を主人公にした話です。砂田家って基本「幸せ」なんですよ。お父さんが立派な事もあって結構裕福。最寄り駅は山手線ってくらいの都心(たぶん個人情報になるから地名は自主規制)のマンションに住んでます。息子や娘は大学を卒業して独立、結婚。息子さんはアメリカに転勤してて、お父さんにはかわいいお孫さんが2人もいる。お父さんのお母様は健在。今の時代、これを「ごく普通の家庭」って言うには、ボクはちょっと躊躇する。これを「普通じゃん!」って言えちゃう人は多分ハイソですよ。


「いやいやお父さんが末期がんっていう最大の『不幸』があるじゃないか!」っていう見方も出来ますけどね。
ちょっと話飛びますけど、先日落語の独演会?を観に行きまして。そこで柳家喬太郎師匠が演った「死神の名付け親」*1の主人公の男はこんな事を呟く。「神様ってのはいろいろいるけれど、金持ちばかりがいつも良い思いをして俺ら貧乏人は相手にしない。でも死神さんだけは金持ち貧乏関係なく、俺たちを差別無く平等に扱ってくれる。」
人間て死ぬもんでしょ。しょうがないですよ、かかっちゃったモノは。
それにお父さん完璧だから「死ぬ前の準備」すら確実にこなしていくんだよね。だからなんかお父さんは覚悟があるどころか、すごく「死」に対して前向きに見えちゃうんですよ。末期がんなんて間違いなく「不幸」以外のナニモノでもないのに、そうは見えなかったなあ。
やるべき事を全て完璧に片付けた上で亡くなる。
実に幸せな事じゃないの。
なにしろもう我々は3.11を経験してしまい、死ぬ準備どころか、なんでこんな形で死んでしまったのか...っていう数千人の犠牲者の存在を知ってしまっているんだもの。
家族全員に看取られてベットの上で亡くなる。どこが不幸なのよ。
ボクには悪い意味で「幸せな人たちだなあ」と思ってしまったのですよ。震災前に公開されていたらちょっとはこの見方も違っていたかもしれないけど。こればかりはタイミングの話だからしょうがない。


このように、この映画は砂田家の「良いところ」のみが紹介されてますので、観ているこっちも「あー、それは本当に良かったねえ。」の一択しか無いんです。だってそういう風に編集してるじゃん!もちろんわかってますよ!実生活では全ての事が上手くいってる訳では無いでしょうし、お父さんも「生きる為に頑張って闘病した」って事は!
結局「良いところ」だけに強い光を当ててそこだけを描き、その分「影」になった方は全てカットしてるんだよね。そこがどうしても引っ掛かるのです。世の中、綺麗事だけじゃないからね。それにこれは監督が一方向に決めつけたお父さん像だからなあ。実際、次女(監督)が結婚しなくて困ってるってホントに心配してたかもしれない。でもなんかその辺りもぼやかしてるってのが良くない。たぶん監督の「お父さん大好き!」っていう気持ちだけで撮ってるから面白さを感じなかったんだと思います。でもそれって「うちの国ってこんなにすげえんだぜ!」っていうプロパガンダ映画と同じですよ。
端的に言えば「うちのお父さん」というテーマで書かれた作文を聴いている感じ。
それは小学生のやる事で監督のする事じゃない。もっと自分の気持ちを疑って撮った方が良かったかもと思います。


で、監督が主人公の実の娘ってのがまた非常に難しい問題で。


ユーモアを重視したという話ですけど、この作品で一番面白いのは、ホントはお父さんじゃなく「今際の際のお父さんとそれを看取る家族たち」という、すげえ瞬間にも関わらずそれを撮ってる監督自身だと思うんですよ。でも監督はカメラの前には姿を現さない。
そりゃそうだ、これはお父さんが主役の映画。
でもいくら「お父さんが主役」と言われても、撮ってる人が身内中の身内なんですよ。自分のお父さんがまさに今亡くなるかもって時にカメラを回してるっていう異常事態に対して、なんかもっと「監督」であるという事と「実の娘」であるという事の、「葛藤」や「覚悟」は映画の中の1シーンとして入れとくべきだったんじゃないかなあ...と思うのですよ。そりゃ完成後のインタビューではいくらでも言えるでしょうけど、何回も聞かれるって事はそこが足りてないからじゃねえの?これがこの映画で一番モヤモヤした部分。


お父さんの命が今晩持つかどうかもわからないという日に、病室に家族全員が揃う。アメリカから息子夫婦もやってくる。孫もいる。でも次女はいないんです。カメラを回しているので次女(監督)はカメラの外側。映らない。これは良い事だとは全然思えなかったんですよ。当然その場には家族全員揃っているんですよ。でも「画」としては一人欠けている。この「自分があの画に映っていない」って事が後になって後悔にならないのかと思うんですけどね。


次女(監督)は子供の頃から自然とカメラを回していたって映画内で描かれていたけど、例えば病気が進行するもっと前の段階で監督がカメラの前に出てきて実の娘として父親と対峙して「最期まで撮る」って言う事を伝えるとか、「被写体と監督」という関係ではあるんだけど、それと同時にやっぱり「親と子供」なんだという関係が伝わる2ショットが欲しかったよ。
だから申し訳ないけど「あのタイミング」で図らずも揃う監督とお父さんの2ショットは結構イヤラシいと思う。
そこに載せるナレーションとかも。映画として多分一番美味しいところで監督が登場するっていう構成は好きじゃない。


もしこの映画を赤の他人が撮っていたらお父さん一人にちゃんと感情移入してたかもしれないけど、それだとあそこまでのプライベートな画が取れるとも思えず、非常にもどかしい。
娘が撮るという事で成り立っているけど、娘が撮るからこそ足りないシーンがあって、その足りないシーンの部分の意味は非常にデカい。


この感想、本当に苦労した。みんなが良いって言っているんだからそれで良いじゃねえかとも思った。
書いててもなんだかずっとモヤモヤとしてしまった。
でもさっき、この映画のプログラムの表紙を初めて見て一番スッキリしたのです。
この映画で一番感動したショット。この画が本編で観たかったんだ。






【おまけ】
今回は、この映画と是非併映して皆さんに観てもらいたい「アヒルの子」の感想の時に使った曲。


※本文から漏れた感想

  • 一介の新人監督のデビュー作が是枝監督のプロデュースで、更に新宿ピカデリーなんていう大きな映画館でかけられるという事自体が既に恵まれてるよ。全体的にすげえ恵まれているという事すら気付いていない感じの上品さ。なにせこっちはやっとの思いで一本撮りました!みたいな小規模のドキュメンタリーばっか観てるからよう...。
  • カメラが完全に環境にとけ込んでいるかってのは難しいところ。全てがとけ込んでるとは思えない。お父さんはやっぱり意識していた部分もあったと思うよ。
  • 意識がもうろうとなりながらも、病院のベッドの上でお父さんが息子さんに引き継ぐシーンはものスゴく良かった!

*1:古典落語「死神」を、よりグリム童話の原作に近づけた噺