「由美香」「流れ者図鑑」「白 THE WHITE」

今年のドキュメンタリーと言えば「監督失格」は外せないし、まあ次回書くんですけども、その前に平野勝之監督の「自転車三部作」についてもご紹介しておかねばなるまいと思ったので今回の10番勝負に入れました。今回は3本で1番勝負。


その前に3本の作品を軽くご紹介。

「由美香」は当時恋人同士(というか監督は所帯持ちだったんで不倫関係)にあった平野勝之監督とAV女優の林由美香さんが新宿から北海道を抜けて礼文島の北の無人島、トド島に自転車で向かうと無謀な冒険を記録したドキュメンタリー。

「流れ者図鑑」は、林由美香さんと別れた平野監督が新たに女優であり、自主映画監督の松梨智子さんを連れて、再度北海道を自転車で巡る映画。

「白 THE WHITE」は、平野監督が自分の生まれた街、静岡県浜松市から「由美香」と同じく北海道の礼文島に自転車で単独に向かう(全走行距離2,328km、102日間)というむちゃくちゃな映画。


もうカルトムービー過ぎて予告編も無くてねえ...。以下、感想です。


【由美香】

「由美香」を見たのは、BOX東中野だか自分の家でビデオで観たんだか定かではないですよ。ただ、観た次の日からはこの映画を色んな人に話してました。それくらい人に薦めたくなるような映画だったのです。自転車で新宿から北海道のさきっちょの方まで行く。日焼けしたがらない、運動そんなにしないAV女優(不倫相手)と一緒に行く。何もかもが無謀なチャレンジ。ご存知の方も多いと思いますが、これもともとアダルトビデオですから。いかに当時のAVがムチャクチャやってたのかってのがわかります。
「自転車で北海道まで行く」って言う企画自体、もう既に無謀なんですが、さすが当時のAVメーカーは違いますよ。監督に「とあるミッションを課す」んですよね。
林由美香にウンコを喰わせる」。林由美香さんはスカトロNGで、なにより監督の恋人。まあ監督は恋人でもウンコ喰わそうと思えば出来ちゃう人なんで良いんですが、問題はどう説得して喰わせるか出発前に仲間たちと相談します。メンバーは平野勝之監督カンパニー松尾監督バクシーシ山下監督、そしてウンコネタと言えばこの方!ってくらい絶妙なタイミングで登場する井口昇監督!今観ればオールスター。しかしこれが当時の皆さんの顔が幼い!まるで中3の放課後。この、のどかな感じが良いんですよ。
そして平野監督に振り回される「女性」が2人。林由美香さんと平野監督の奥様。平野監督はロマンチストなので全く気付いていないのですが「このお二人の表情がすべてを物語っている」という瞬間が山ほどあって、これもまた「良い画」が撮れているなあと、嬉しくなるのです。
今回、観直してみて、全くなんでもないシーンにスゴい事を気付かされ、本当にドキッとした瞬間があります。監督と林由美香さんが口論になった直後の映像が流れるんですよ。林由美香さんの撮影で。監督曰く「あまりに怒り過ぎて、この喧嘩のシーンを撮るまで気が回らなかった。」と。
そこで林由美香さんが呆れたように一言。

監督失格だね。」

ボクはこれを観た当時、映ってないなんて素直に残念だなあ...と思ったのです。が、改めて観直した際、まさかこの何気ないシーンが今後に作られるとんでもない映画のヒント、というか平野監督自身に対するすべてを言い切っている名シーンだとは全く思ってませんでした。
全体的には林由美香さんに対する平野監督の「愛情」が満ちあふれているので、裏ミッションの緊張感も相まってかなりポップな作品です。
果たして林由美香はウンコを喰うのか!?これは是非作品をご覧ください!



【流れ者図鑑】

「流れ者図鑑」は冒頭、北海道の大地を学ランの監督とセーラー服の松梨さんが北海道を失踪するシーンから始まります。
カッコいいジャズ(曲は「キャラバン」)にのせ、市川崑オマージュのタイトルバックで。

オープニング、カッコいい!テンションの上がる始まり方をするんですよ。
で、気分が高揚するのはここまで、っていう。
林由美香さんと別れた監督が、急にこしらえた弟子のような、愛人のような同行者、松梨智子さんを連れて北海道を自転車で走ります。前作と決定的に違うのが目的地が決まっていないという事。
別れた女(林由美香さん)への思いを断ち切ろうとするけどどうしても忘れられない平野監督。他方、「自分探しの旅」でしかない松梨智子さん。天候の悪さや2人の性格の不一致、なによりこの旅の意味が見出せないという焦りも相まって旅はどんどん精神的に辛いモノになっていきます。
ストレスがたまり過ぎてカメラをぶん投げるほどブチギレる監督。
自分の精神を守る為に「演技」を始める松梨さん。
何をやっても上手い画が撮れない。
どんどん追い込まれていく二人。
特に松梨さんの精神の追い込まれっぷりは大変なモノで、監督の為に「笑顔」を終始浮かべる事にするのですが、その笑顔が狂気に満ちあふれた顔になってしまっているのです。今まで色々とを観てきましたが、ドキュメンタリーでホラー映画のような「恐怖」を感じたのは後にも先にもこの「流れ者図鑑」だけです。人間って追い込まれてしまうとこうなるんだという衝撃。
また、最終的に平野監督と松梨さんの「対決」となるのですが、そのときのカメラワークはドキュメンタリーとは思えない程「完璧」。
とある口論で松梨さんが平野監督を撮る。完全にヒール(悪役)と化した平野監督は逆光を浴びていて表情を伺い知る事ができない。「お前を撮るんだよ!」と松梨さんの持つカメラを蹴り飛ばすと、その画が偶然かつ完璧に「全て」を映しきっているのです。ああいうカットは狙って撮れるもんじゃない。このシーンは名シーンでホントに多くの人に観てもらいたいです。
オープン当時のSHIBUYA TSUTAYAではVHS版の「流れ者図鑑」と、これのアダルトビデオ版「東京〜北海道 自転車ロードFUCKING!わくわく不倫旅行2 47日間男と女のガチンコ勝負」を見かけて、そのまま無くなっていたんですが先日確認したら「流れ者図鑑」の方だけ復活していました。SHIBUYA TSUTAYAに行けば借りられるので、是非借りて「いや〜な気分」になって頂きたい!



【白 THE WHITE】

「自転車三部作」のラスト。「白 THE WHITE」(以下「白」)は今年まで観る機会がなかったのです。なにぶんソフト化されていない幻の作品。昔テレビで少しだけ紹介されてて、その手法にびっくりしてなんとか観てみたい観てみたいと思ったのですが、この夏に観る事が出来ました。
「由美香」にしても「流れ者図鑑」にしても、舞台は「夏の北海道」で必ず「相手」がいた話。
この「白」は「冬の北海道」で「同行者無し」。完全単独撮影。たった一人で撮った超大作なのです。
まず撮影方法がいかれてます。まず道の真ん中にカメラをセット、録画開始。カメラのフレームに入るように自転車で走り出す。カメラ置きっぱなし。ある程度走ったら引き返し、カメラ回収。一人でロードムービーを撮るって事はこういう事だ!
平野監督は準備万端で出発するんですが北海道に着くまでに色々アクシデントに見舞われます。ぼろぼろな状態で北海道上陸。最低気温-2℃〜-20℃。東北地方辺りまではまだ野宿のテント内で話す余裕もあったのですが、北海道に入ってからはただただ雪景色。凍てつく寒さ。やまない吹雪。あまりの辛さに限界が訪れ、監督自身テント内で号泣してしまいます。
ボクはここから話に完全に引き込まれたのですが、このテントで号泣して以来、画面がほぼ白一色なんですよ。監督のしゃべるカットがもう一切ない。自転車をこいで猛吹雪の中、白一色の世界と格闘する。ラスト10分は画面の白一色の美しさと、そこから来る「恐怖」や「不安」が混ざった観た事のない迫力のある映像となってました。2011年宇宙の旅のクライマックスを超えていたは間違いないです。






と、駆け足で三本の魅力について書きましたが、平野監督の魅力というか、統一して言える事は「この人と関わると危険」という事です。平野監督の撮るカメラの前に立つと何されるかわかりません。カメラを片手に被写体を徹底的に追い込む。その追い込み方が尋常じゃない。しかしながら、更にスゴいところは「カメラを持っている本人ですら危険な状態に陥ってしまう」という事。林由美香さんにしても松梨智子さんにしても撮影時は本当にたいへんだったと思うんですよ。でも平野監督は「白」で死んでてもおかしくないというくらいの体験をしています。彼もまた「カメラの魅力」に取り憑かれてしまっているのかもしれません。「撮る」「撮られる」って事は本当に恐ろしいって事を教えてくれますよ。


ただ、ここまで書いて平野監督ってのは鬼畜だと思われた方もいるかもしれませんが全くそうではないのですよ。平野監督の作品は被写体の「怒り」とか「哀しみ」を自分も同じように共有しているから成立しているのです。だから彼が句読点として撮る「風景」は、「何でもない景色」でありながら、その時の心情を見事に反映していて強烈に美しいのです。また、本人のパーソナリティがズルいんだ!(褒めてます)やってる事はヒドいんだけど、なぜか許せてしまう雰囲気の持ち主。こういった「人たらし」っぷりってのも作品の過激さに反映されてると思いますよ。
一連の作品を観て「なんでこんな大変な事をやっているんだ?」って毎回思うんですが、実は既に「由美香」の作品内ではっきりと言ってるんですよね。
「面白そうだから。」
この簡潔且つ説得力のある言葉を言い切ってるのが気持ち良いですよ。
藤子・F・不二雄先生のマンガで「あのバカは荒野をめざす」という短編があるのですが、平野監督にそのマンガの主人公を見るのです。「映画」という荒野を目指す男。

「観察映画としてのドキュメンタリー」を知るには今だったら想田和弘監督がわかりやすいですが、「暴力装置としてのドキュメンタリー」ってものを知るには一番わかりやすいのはこの監督、平野勝之だと思います。ただ、これはこの「自転車三部作」までのお話。
この後、平野監督が映画を全く撮れなくなってしまったというのは、次回の映画で書きますよ。




【おまけ】
「由美香」はDVDにもなってますが、本文に書いてある通り「流れ者図鑑」はDVD化しておらず、「白 THE WHITE」に至ってはソフト化すらしてません。上映される機会があったら観れるチャンスが滅多にないので是非足を運んでみると良いですよ!

由美香 コレクターズ・エディション [DVD]

由美香 コレクターズ・エディション [DVD]

本文に漏れた感想

今の30代前後の監督もいいセンスの人たちばかりだけど「エネルギー」はまだ負けてる感じがする...。

  • 「白」に出てくる犬たちについて触れんの忘れたわあ!