「ヒミズ」

予め書いておきますが、この感想は思い切りネタばれします。この映画についてなんか書く場合、どうやったってラストシーンに触れずにはおれんのです。あと、原作マンガのネタバレもしますよ。と言う事で、未見の方はご注意くださいませ。


【あらすじ】※シネマトゥデイより引用

どこにでもいる中学3年生の住田祐一(染谷将太)の夢は、成長してごく当たり前のまっとうな大人になること。一方、同い年の茶沢景子(二階堂ふみ)の夢は、自分が愛する人と支え合いながら人生を歩んでいくことだった。しかしある日、2人の人生を狂わせる大事件が起き……。

【予告編】

以下、感想。






「まあ、しょうがないよね...。」と言うのが第一印象。まあ失望したのは確かですよ。この映画そのものに失望したって訳でも無いんですけどね。この辺りは後ほど書くとして、そもそも「ヒミズ」ってどういう意味でしょう。うちにある古い広辞苑で調べてみましたよ。

広辞苑第四版より引用
ひ-みず【日見ず】
1.(日を見ないで死ぬからという)ヒミズモグラの別称。2.いつも閉じこもって、けっして人前に出ない人。〈日葡〉3.十二月十三日のこと。好日とされ、日の吉凶を卜するに及ばないという。日見ず吉日(きちじつ)
ー-もぐら【不見日土竜モグラ科の哺乳類。頭胴長10センチメートルでモグラより浅い土壌にすむ。全身ビロード黒色。日本特産で西日本の森林に分布、食虫性。類似種に、さらに小型のヒメヒミズがある。ヒミズ

リアルタイムで「稲中卓球部」から古谷実作品にハマっていたボクにとって「ヒミズ」は、連載を読み終わった時に「あー、古谷実はこういう世界を書きたかったんだ...。」と認識した思い出深い作品でした。「稲中」で見せていた爆発力のあるギャグは無くなり、極めてドライに、シリアスに。4巻という、連載としては短いながらも「絶望」と「希望」という対極のモノを中学生の「死」で描いていて好きな作品でした。それを「冷たい熱帯魚」の園子温監督が撮るっていうんだから期待せずにはおれませんよ。しかも震災をテーマにぶち込んで再構築するというではありませんか。園子温監督のヒミズ」という作品を映画化するという着眼点と、「震災」を織り込むというセンスは大変素晴らしい。


ドキュメンタリーは既にありますが「震災」を舞台にしたフィクションってのは恐らく一番最初なんじゃないでしょうかね。冒頭で渡辺哲が震災直後の街を歩いている画には思わず息を飲んでしまいました。なんかものすごく不謹慎な事のように感じちゃうかもしれないけど、あの画は絶対「映画」として残しておくべき。あのタイミングじゃないと撮れないしね。そう言った意味でもこの映画は充分評価できるものだと思います。


「連載マンガの映画化」ってのは邦画の場合たいてい失敗してて(個人比)、それは連載マンガの長い「ストーリー」が2時間でまとめきれてないからっていうのが主な理由だと思ってるんですよ。でもこの作品はものスゴく綺麗に映画化してましたね。そもそも短いってのも功を奏してるんだろうけど、「ヒミズ」という話に於いて、残すべきところはそのまま映像化し、不必要な部分は綺麗に取り除いてあったのに驚きましたよ。脚本に於いては「原作と違うじゃん!」というストレスはほぼ感じませんでした。ある一点を除いては。


役者陣で特に良かったのは「夜野」を演じた渡辺哲。上手い。夜野って原作では同級生なんだけどね。それを被災してホームレスになった中小企業の元社長になってて、この変更もまた上手いなあ、と。それとでんでんね。この二人の演技が素晴らしいから救いになりますよ。仮に渡辺哲とでんでんの演じた役をそれぞれ交換しても面白くなるだろうなあ、と妄想。あと、原作を読んでた当初、「これは窪塚洋介にやらせたら面白いだろうなあ...。」と思っていたスリのチンピラ役を、そのまま窪塚洋介が演じてたのは個人的に嬉しいキャスティング!原作通りだったわ!


ただ全体で考えるとやっぱり「残念」だったんですよ。


観ながら思い出したんだけど、園子温監督作品ってテンションが高いんだよね。それがどうも「ヒミズ」というドライな作品には合っていないような感じがしたのです。
住田を演じる染谷将太にしても、茶沢さんを演じる二階堂ふみにしても、演技が過剰なんですよ。いや、感情を爆発させる演技というのが園子温監督の味だってのもわかるんですけどね。それにしたってマンガよりもマンガっぽいんですよ。内容が「ヒミズ」でテンションが「稲中卓球部」みたいな感じ。住田の親父とか、演ってる人たちは楽しそうでしたけどね。
園子温一座」問題ってのもあると思うよ。園子温監督作品って登場人物のキャラがいつもだいたい濃いから、違う作品で同じ役者さん観ても「園子温」を思い出してしまうんですよ。それが園子温監督作品を観続けてる人間からすると結構ノイズなんだよね。で、今回は「園子温監督作品」にすらその現象が起こってしまったんですよ!例えばヤクザ役ででんでんが出てくるだけで笑っちゃうとか。「冷たい熱帯魚」の夫婦があのまんま出てくるとか。黒沢あすかは相変わらず狂ってるね!とか。「ヒミズ」とはいえ、「園子温パラレルワールド」を観ているようでどうも集中できなかったです。


親父殺しのシーンとか、顔面に絵の具を塗りたくって街を徘徊するとか、ってのもねえ...。原作は、住田が親父を殺すシーンの描写はかなりあっけない。住田が茶沢さんに親父殺しの事を告白するのもサラッと言う。この「お前が思ってるほど人間なんてあっけなく死ぬし、それに対する周りのリアクションなんてのも無い」っていう感じが良かったんですよ。映画版だとこの辺りの演出が「これでもかっ!」ってくらいエモーショナルなんだよね...。あんなに大騒ぎして親父殺したら周りにバレるだろうに。絵の具塗りたくってフラフラしてたら一発で職務質問されるだろうに。この演出が、そもそも「誰にも迷惑をかけないと誓うから、誰も俺に迷惑をかけるな」という考えを持った住田のする事に見えないんですよ。あれじゃあ「かまってちゃん」だよね。


この「かまってちゃん」な感じを観ながらにしてビンビンと感じていたので、ラストに住田が死なずに自首するっていう「ヒミズ」最大の変更点も別に驚かなかったよ。あんだけ大騒ぎしてりゃあ、そりゃ死なねえわな。


ただ、ヒミズ」はラストに住田がピストル自殺してこそ初めて「完結」する話ですから


コミックス4巻の裏表紙にこう書いてある。【退転のまま時を刻み、もはや悔悟はここに無し】
「誰にも迷惑をかけないと誓うから、誰も俺に迷惑をかけるな」と願いつつ、親父を殺してしまった事でその望みも叶わず、それでも友達と出会ったり、茶沢さんと抱き合う事で「愛情」という「生きる希望」を見つけてしまう住田。しかしながら住田はストイック過ぎるのです。「一人一人が特別な人間だ。」みたいな欺瞞に満ちた社会で生きていくのが真面目で不器用過ぎて出来ない。まさにヒミズ「光あるところでは生きられない」からヒミズなんですよ。だから彼は「死」を選択した。最期までヒミズで在り続けた。そしてこの物語を締める茶沢さんの台詞「何それ?」が、彼の選択した哀しい結末をより際立たせていたのです。


だから映画版のラスト「死なずに自首する」だと「ヒミズ」が完結しないんですよ。ヒミズが光のあたる場所に出るという事だから。
あそこで住田を殺さなかったってのは、優しいようで結果的に残酷な事してると思う。


でもね。ボクはもう「原作」と「映画」は別物だと割り切ってる、というかもう諦めてますから。良いところも沢山あったので園子温監督版「ヒミズ」はこれで良いと思ってるんですよ。




映画の出来以上に衝撃だったのが「震災」というものの真の恐怖です。

「震災」というものは、あの園子温にすら自分の映画の中で「頑張れ!」なんて至極真っ当な台詞を言わせてしまうのか...という小さな失望と、「表現」というものは、震災を前にしては音楽だろうが映画だろうが「頑張れ!」の一択、一方向しか無いのか...という軽い絶望。

園子温監督がこの映画に関してのインタビューで「希望に負けた」とおっしゃってた記事を読みました。やっぱ震災の翌年には「頑張れ!」しかないよなあ...。もうそのガッカリに尽きる。伏線全然回収してねえ!とか、原作の相違云々とかなんてどーでもいいわ。

震災なんてやだねえ...。

心の底からそう思わざるを得ない作品でした。まさに2012年という震災から一年後に観るにはピッタリの作品です。原作マンガと併せて楽しんでみる事をオススメします!



※本文から漏れた感想

  • まあ、震災の画ってのは外国人にはツカミとして受けるよね...。
  • 住田の父は「ヒミズ」って言うよりも「僕といっしょ」のすぐ夫といく夫の親父のイメージ。「お前らが死ねば良かったのによ。」っていうアイツ。
  • 原作の「ヒミズ」で、住田が見る「バケモノ」の不在がデカい。バケモノの代わりが池に浮かぶ「沈みかけの家」になってんだろうけど、あれだと住田ってよりも周りのホームレスの方に響いちゃう。
  • 茶沢さんのラストの台詞「何それ?」って単行本には収録されてないんだよね。今回の映画公開のタイミングで発売されたノベライズには復活してたけど。
  • 「頑張れ住田!!!」って何回も言われると韓国語っぽいね。「ガンバレスミダ」。これは、この映画を観て一番どうでもいい率直な感想。