「加地等がいた-僕の歌を聴いとくれ-」

加地等(かぢ ひとし)さんの事を知ったのは、たしかミュージシャン前野健太さんのブログからだったと思います。【「ロマンスカー」という曲を加地さんが褒めてくれて嬉しかった】云々との一文を読んだのがきっかけです。あの「前野健太」に影響を与えたミュージシャンってどんな人なんだろう?しかもつい最近に亡くなったのか...。40で亡くなるなんて随分早いな。などと思っていたところ、丁度そのブログを読んだ直後あたりにこの「加地等がいた」というドキュメンタリー映画が新宿のK'sシネマで公開されると聴き、非常にいいタイミングだったので観てきました。今回はこの映画の感想です。


【あらすじ】※シネマトゥデイより引用

37歳のときに大阪から上京し、3畳一間の部屋に暮らしながらフォークシンガーとして活動していた加地等。織田作之助太宰治をはじめとする作家の影響を受けた歌詞と温かなサウンドで異彩を放つが、クリスマスイブの夜に泥酔して右手に大やけどを負ってしまう。ギターが弾けなくなったのを悲観してアルコールにおぼれるようになり、精神の均衡までも危うくなっていく加地。その一方で彼の「僕はダメ人間」といった楽曲が改めて注目されて復活コンサートが企画されるも、その直前に失踪(しっそう)してしまう。

【予告編】


以下、感想。




前述の予告編も未見のまま観たんですが、これがまたたいそうステキな作品だったのですよ。わざわざ中野ブロードウェイの本屋「タコシェ」まで行って加地等さんのアルバムを購入するくらいすっかりハマってしまいました。冒頭、加地さんの生い立ちを説明するVTR(彼のライブで実際に使用された映像の模様)が流れます。その時にやれフェラチオしておくれ」だの「とりあえずヤリマン」だの「チーズ・キムチ・チンポ」だの、歌のタイトルが出るんですよ。ナレーションの女の子も恥ずかしがってる感じで。「え!?この人大丈夫かよ!?」なんて思ってたんですがね。
その後、加地さんが「僕はバカです」という曲をギター弾き語りで歌うのですが、反射的にボロっと涙が溢れてしまったんですよ。あまりにも不意に。一曲歌い終わった時、思わず本当に拍手をしてしまいそうになりました。歌の美しさに衝撃を受けました。


ビックリするほどシンプルで、哀しくなるほど心に染みる。それでいてしなやかな強度を併せ持つ、不思議な曲の数々。鼻っ柱を殴られてツンとするような感覚に陥りました。加地等さんの曲はまるで21世紀に作られたようなシロモノではないくらい、まるで昭和時代の4畳半フォークのようなエレジーに聴こえるんですよ。音楽業界のメインストリームが主に表現する「愛」や「努力の美しさ」や「両親や恋人たちへの感謝」みたいな、わかりやすいスローガンを掲げる現在に於いて、「酒」や「労働」、「男と女の間を流れるマヌケな恋愛感情」みたいな歌を歌う加地等さんは貴重な存在でした。そりゃメインストリームになる要素があまり無いですわな。でも間違いなく「今」を象徴している作品だと思いました。みんなが意識していない、もしくは「あえて目を伏せている」だけであって、「今」確実に存在する世界
哀愁と諦観、そして極めて少量、それでいて非常に奥ゆかしいレベルでの希望と優しさを併せて。


もう一つ。加地等さんの曲は「都会」がものスゴく似合うと思いました。同じ「諦観」でも、去年の傑作「サウダーヂ」が持つ「地方の諦観」とはまた違った雰囲気。「都会」が持つプラスチックな世界観に映えるんですよ。加地さんの生い立ちが「大阪」→「東京」という「都会」でのみ生活されていたからなんでしょうけどね。冒頭の曲「僕はバカです」に、こんな歌詞が。

雑踏に戻れば 蟻の安堵感
コレで良いんだと 生ゴミを背負う
生ゴミの中には リアルな絵巻物
僕がどこにいるのかわからない


今 先生たちは どうしてるんだろう
きっと僕より 若いんだろうな


街は今夜も 受け入れ態勢
こんな僕でも すんなりさ
だけど後で 空しさっていう
モノクロのお土産を持たされる


今 看護婦たちは どうしてるんだろう
きっと ボクより 笑ってるんだろうな


夢は 夢で 飛ばされた風船
現実は 現実で 苦虫の薄ら笑い


憧れの「都会」なんてこんなもんなんですよね。誰が居ても良いし、誰が居なくなっても構わない。
21世紀に於ける「都会」をこの目線で曲に描けるミュージシャンがいた(過去形)という事を、今の今まで知らなかった事が痛恨でなりません。


映画そのものに対して書くと、これもまた非常に良いんですよ。加地等さんを追ったドキュメンタリーではあるんですが、印象的には加地等さんと、加地さんの曲に惚れ込んだレーベルの主宰である岡敬士さんの2人の友情を綴ったお話です。一回しか観てないので無資料の妄想なのですが、加地さんと岡さんってスクリーン上で1シーンしか一緒に映って無いんですよ。お互いの想いがあって、それぞれが儚くもすれ違うというシーンがあり、その見事な構成には落涙するばかりでした。


「東京」という街が彼を傷つけていたのか、「音楽」というモノが彼を振り回し続けていたのか、今となっては判然としませんが、心の隙間を酒で埋めるという行為の結果、加地等さんは齢40にして「ブルース・ブラザース2000」でいうところの「ココよりもっと良いところ」に行ってしまいました。この映画が描いた彼の人生のラスト2年半は、パーソナリティと作品の境界線がより曖昧になり、さらにイノセントな感じが増したようでした。ボクはこの映画を前野健太さんのトークショー付きで観たんですが、前野さんの愛憎入り交じった「ずるいよ」という感情が印象的でした。


良い曲をいっぱい作って若くして亡くなる。真の無頼派
不謹慎な言い方になってしまいますが、表現者としては「一つの完成型」だと思いますよ。
でもやっぱりこういうのは哀しいですよ。やっぱりかっこつけ過ぎですよ。


この映画が無ければ「加地等」を知るのが遅れていたでしょう。下手したら一生知らなかったかもしれません。そんなもったいない事にならなくて本当に良かった。「加地等がいた」。その紛れもない事実を知る素晴らしい映画体験でした。




【おまけ】
加地等さんの曲の中ではこれが好き。
短編小説みたい。
ヤリマンだと噂される女の子の家に夜ご飯を食べに行く物語。


※本文から漏れた感想

  • 感覚的に敬称を略す事ができなかったな。
  • 「加地等」という人物を、曲を知ってから実際に会った人と、会ってから後で曲を知った人だと印象が全然違うみたい。