「SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者」

縁あって公開初日の一回目の上映で観る事ができました。当日は雨の中スタッフ&キャストの皆さんが渋谷の街をゲリラで宣伝していて、一作目を公開した時から変わらぬその宣伝スタイルに観る前からグッときたりしてました。とは言え、映画の感想はなるべく中立に。ボクが映画の感想を思い入れたっぷりに書くと、後々読み返した際あんまり面白くなく感じるので...。とりあえずいつものスタイルであらすじから。

【あらすじ】※シネマトゥデイより引用

かつて埼玉の弱小ヒップホップ・グループ「SHO-GUNG」の仲間と別れ、上京したマイティ(奥野瑛太)はラップを断ち切ることができず、先輩ヒップホップクルー“極悪鳥”の手伝いをしながらメンバーに入る機会をうかがっていた。しかし、ラッパーになりたいと願いつつも現実は厳しく、ある事件をきっかけにマイティは追われる身となってしまい……。

【予告編】

以下、感想です。









面白かった!
これ一本でも充分楽しめるけど、やっぱり前2作は観ておいた方が良いね。


冒頭、「SR1」のマイティのエピソードから東京の夜景、そしてライブハウスへ。SRシリーズで遂に東京が描かれていると言う事に感慨深いんですが、ライブハウス内のワンカットで一気にいつもの「SR」の世界観に引き込んでくれます。ああ、そうだ。「SR」と言えばワンカットの演出だ。前二作もワンカットの演出が登場人物達の「息苦しさ(≒生き苦しさ)」をよく表現していて絶妙だったんですが、今回は更に登場人物達の「居心地の悪さ」まで表現されているようでした。


この「居心地の悪さ」というものに、前2作には無かったまったく新しいものを感じたんですよ。前2作のイックやトムさん、アユムにはどうしようもないリアルな現実が「壁」として対峙しており、その壁と立ち向かう際に「HIPHOP」を拠りどころにしていた訳ですが、前2作のワンカット演出は「居心地の悪さ」というより「所在の無さ」というのが表現としてあっているような。今作はリアルな社会の暗黒面に堕ちちゃったマイティが活躍する映画。リアルな社会ですら「HIPHOP」が通用しない世界だったのに、更に暗黒面に堕ちちゃってんですもの。基本、カタギのマイティには「居心地が悪い」んですよ。ブロ(ッコリー)畑育ちですし。HIPHOP」、というか「夢」どころじゃありませんよ。入江悠監督作品の主人公達は必ず「走る」んですが、好きな女の子を追いかけて走ったイックや、メンバーを集める為にバイクで爆走したアユムと違い、マイティは極めてネガティブな理由で走ります。この辺りにもこのシリーズの新しさを感じました。


マイティを演じた奥野瑛太さんの演技は目を見張るものがありました。SHO-GUNGの中では一番若いのに、東京に出てあまりにも社会(の中でもハードコアな世界)の波に揉まれたおかげで野性的な面構え。且つ、あらゆる理不尽に耐えかねて逃げ出してしまうような弱さも滲み出ていてほっておけない感じ。この映画でいろいろな表情を魅せてくれたので将来が非常に楽しみな俳優です。まあ、今後ずっとマイティって呼ばれるでしょうけど!つまりはそれほど素晴らしいキャラクターを生み出したって事で。
今回のマイティのエピソードに異質な重さがあるのでハラハラしてしまうのですが、やはりそこはSR。イックとトムさんのコンビが出てくるとホッとしてしまいます。イックはSR2観た時も思ったんだけどSR1のラストを通過して既に「最強」なのです。ブルース・ブラザーズのように「神の使命」を帯びているようなもの。若しくは「裸の大将」か。いずれにせよ重要人物として話を盛り上げてくれます。あ、トムさんは相変わらずの「安定感」ね。絶妙のタイミングでまさにトムさんらしい台詞を挟んでくるあたり、癒し系ですなあ。マイティの野性味溢れる顔とイック&トムさんの天使みたいな顔の対比が良いですよ。


気になった部分が無いって訳ではないんですけどね。
例えば今回の話は今までと違って重いって感じだけど、それでもまだPOPでしょう。今までの主人公たちがぶちあたった壁、SR1の元AV女優で元同級生の「千夏」や、SR2の「アユムの父」が提示した「いつまでもラップなんかやってないで働かなきゃいけない現実」があまりにもリアルだったもんで、今作の「はっきりと悪い奴ら」ってのがどうにもステレオタイプだなあ...と感じてしまいました。悪役としての極悪鳥や自動車工場の親父、産廃業者のあんちゃんは素晴らしいんですよ!ただ、よりファンタジーに近づいちゃったんじゃないかなあ、と。こうなっちゃうと相手が宇宙人でも成立するんじゃないだろうか。いよいよシリーズとして強度が増した、と良いように解釈するけどね。


とはいえ、やはりこの映画は素晴らしいのです。
クライマックスの長回しのライブシーンが感動的なのです。


入江監督が「これはオレの映画だ!」と、監督、カメラマン、主役のたった3人から始まった「SRサイタマノラッパー」。完成後も丁寧に宣伝活動を行っていった結果と、そもそもの作品の素晴らしさも相まって、多くの観客の「これはオレの映画だ!」といった賛同を集めて「第3作」まで作られるような人気作品となりました。「もっと彼らが観たい。」「続編を!」...とはいえ自主映画に大掛かりな撮影はできません。その為、音楽を扱った映画ですがSR1にもSR2にも多くの観客を必要とするライブシーンはありませんでした。SR3にはライブシーンを。この無理難題に「これはオレの映画だ!」と共鳴した観客たちが、まさにHIPHOPのライブのように「手を上げて」参加し始めたのでした。ある者はボランティアスタッフとして。またある者はエキストラとして。
果たしてクライマックス、10分以上の長回しによる大掛かりなライブシーンは単なる長回しではありません。スタッフと出演者、主人公と脇役、有名俳優と新人、俳優とエキストラ、プロと一般人、というようなそれぞれ立場の違う人たちの全ての境界線が取り払われた瞬間でありました。やはり映画というのは一人で作るようなもんじゃない。「集団芸術」なのだという事を再確認させてくれました。集団芸術はとても難しくてスゴく美しい。このライブシーンは本当に美しいのです。映画に関わる全ての人たちの「情熱」が、一切のブレ無しで観客に向かって真っ直ぐにスクリーンから放射されています。この情熱は「作り手と観客」という境界線すら無くしてしまうような強力なエネルギー。「気迫」と言い換えてもいいかもしれません。サイタマノラッパーシリーズに流れている「無視すんな!」という根本的なテーマを、この映画の存在自体がはっきりと体現していました。10分以上のライブシーンがバシッと決まった瞬間、ボクは涙を止める事ができなかったよ。イックがノリノリで歩いていたあの農道もここまで来たんだなあ。


無名の役者主演で若手の監督が撮った自主映画がこうやって皆に愛され、立派な映画館で満員のお客さんたちに公開されるという事は日本映画にとって本当に本当に幸せな事。同世代やその下の世代の作り手たちの道標に、若しくは羨望の的、もっと言うと仮想敵となっているのは間違いないのだから、まさか今作でこのシリーズを辞めちゃうとか無いよな。毎年作れって事じゃなくてね。このシリーズは作り続ける事に意味があると思う。やっぱりSHO-GUNGの近況はことある毎に観たいですよ。大変だとは思うけど末永く続いて欲しい。なぜなら「SRサイタマノラッパー」は、もはや監督ひとりの映画などでは無く、とっくに「オレたちの映画だ!」となっているのだから。





※本文から漏れた感想

  • 俳優陣の演技がどれも素晴らしい!挙げだしたらキリが無いくらい。マイティのエピソード一本で進むと思ってたもんで「極悪鳥」や「征夷大将軍」といった新たな濃いキャラクター達が出てくるのには驚きました。しかもみんな良いキャラしてんのよ!
  • 極悪鳥のメンバーを演じた北村昭博さんの「上にいたらホント怖い先輩」感と、産廃業者のあんちゃんを演じたガンビーノ小林さんの「飄々としてんだけど怒らせたら怖い先輩」感がハンパない。
  • マイティの連れを演じてた斉藤めぐみさんも良かった。SR1の「千夏」とまた違った、とはいえ確実に存在するであろう女性像。感覚的にはSR2のマミーに近いかも。
  • SR1の嫌な先輩KENさんが出てきたり、TECさんが別キャラで出てきたりと、シリーズファンにもちゃんとサービスするあたり、入江監督って丁寧な人だなあと思いました。
  • TECさんはあれだね、「仁義なき戦い」の梅宮辰夫みたいな位置になると面白いね。毎回違う役柄で出てくるとか。
  • ムチャクチャ怖い極悪鳥がどこのレペゼンかって話ですよ!笑っちゃったよ!ああいうのが入江監督の独特のセンスだよね。
  • 東京に出ようが田舎に留まろうがどこ行ったって同じなんだよね。タテの社会。それは結構身近な絶望。その辺りは上手く出来てた。
  • Twitterの「SRサイタマノラッパー」アカウントも影の功労者だと思う。映画宣伝アカウントは数あれど、SR2の頃からこの映画が作られていない時期も一度も休まずツイートし続けたというのはファンを確実に増やしたはず。