「ゲゲゲの女房」

NHK版の方は観た事無いんですが、いろいろと縁があるので映画版の「ゲゲゲの女房」を観てきましたよ。

【あらすじ】※シネマトゥデイより引用

良縁を願っていた29歳の布枝(吹石一恵)は、戦争で片腕を失った10歳年上の漫画家・茂(宮藤官九郎)とお見合いをすることに。お見合いから5日後には結婚式を挙げ、住み慣れた島根県安来から茂の暮らす東京へ出た布枝を待っていたのは、甘い新婚生活とは程遠い貧乏暮らしだった。戸惑いながらも結婚生活を始めた布枝は……。

以下、感想。
ネタばれしてなくもないけど、たいしたことないので観てない人も大丈夫ですよ!







すごく良かったですよ!
物語は物凄くシンプル。貧乏に苦しむ夫婦の話です。別に泣けませんしビックリする事も起きません。ドラマチックな展開で、登場人物がよく死によく笑かそうとするような現在の作品の風潮には全く乗ってません。極めて地味。でも、そもそも夫婦二人が貧乏してるっていう話ですよ。何を期待してるんですか!どれだけNHK版の方がどれだけ素晴らしいかわからないけど、水木しげる噺ってこれくらいの暗さが正しいんじゃね?と思いました。


たしかに地味な話ですが、それ故に主人公の夫婦二人がより魅力的に感じる事ができました。まあ誰が見ても「納得!」なのはクドカン演じる「水木しげる」のビジュアルね。あれはもう出オチだね。そっくりな顔もそうなんだけど、恐らく髪型の威力がハンパないんだろうな。後ろを刈り上げると一気に昭和っぽくなる。ご飯を食べる演技とかもね。「食べる」って「生きる」と直結してるから、貧乏すぎて物凄い質素な食卓なんだけど本当においしそうに食べてます。全体的に「豪放磊落」な水木先生の雰囲気が出てて、まるで水木先生の霊が乗り移ってるようでした。(水木先生はご存命です!)
奥さん役の吹石一恵さんの凛とした空気も、貧乏からくる「悲壮感」を程良く打ち消していて良いキャスティングだと思いましたよ。所作がどれも美しいんだよね。静かなカオスに順応していくさまが良いよ。ボクみたいな単なる水木しげるファンからすると、水木先生って天才鬼才にしか見えないんだけど、吹石一恵演じる奥様からすると普通の旦那様なんだよね。その奥さんから見た水木しげるというのがよく伝わってきました。


この作品、褒めたい部分は他にも3つばかりありましてね。「アニメ」と「音」と「ロケ地の選び方」が秀逸です。


アニメパートはボクが今一番推しているアニメ作家集団「CALF」の大山慶さんと和田淳さんが製作しています。ぶっちゃけると実はこのアニメパートを観たくてこの映画観に行ったようなもんです。果たして素晴らしい出来でした。水木しげるとCALFのコラボ。画は水木先生ですが、動きは間違いなくお2人のセンス全開でしたね。ギター男の動きとかね。鬼太郎が動き出して(画の中の)水木家を歩くシーンなんてかなりグッときました。CALFの魅力に関しては「CALFの世界」をご参照あれ。


話を「ゲゲゲの女房」に戻すと「音」の使い方が本当に素晴らしいです鈴木卓爾監督の作品を観るのはこの映画が初めてなんだけど、そうとう上手い人だと思いましたよ。
この映画、画面にちょくちょく妖怪が出てきます。この妖怪を最近の作品にありがちなCG処理をせずに「音」だけで「不穏な雰囲気」を表現してるんですよ。日常空間に潜む不穏な雰囲気をほんのちょっとしたテクニックで表現していてこれは凄い!と思いました。
他にも、銃声や爆音とともに「蝿の羽音」を大きめにぶちこむ事によって、水木しげるが体験した南方戦線の地獄っぷりをより際立たせて表現していたり、水木家の外から聞こえてくる「工事中のけたたましい音」が、時代が流れるにつれ「綺麗に舗装された道路を走る車の音」に変化していたりして、音だけで日本の経済成長を表現しているようでした。これはかなり細部にまで計算されている作品ですよ。


なかでも一番衝撃を受けたのが「東京駅前」と「調布駅前」のシーンですよ。
当然この話は昭和30年代の話ですよ。でもロケ地に関してはちょくちょく「現在の日本」なんです!巨大な鉄塔とか明らかに最近建てられたようなマンションがバンバン映りこんでくるんですよ!
特に「東京駅前」と「調布駅前」はスゴい。「調布駅前」に関しては、子供をおんぶして原稿を持って歩いていく吹石一恵の後ろに思いっきりはっきりとフレッシュネスバーガーが映ってます。
最初の東京駅前のシーンででっかい?マークを抱えちゃいました。なにこれ?と。他のシーンの時代設定は完璧なんですよ。画面隅々にまで美術の労力が行き届いています。だから最初はなんかの見間違いかと思ったくらいで。で、調布駅前のシーンではっきり確信しましたよ。これってワザとだろ!って。美術部の気合いの入り方がハンパじゃないのに2度も3度も現在の日本が映りこむ。こりゃ敢えてやってるとしか思えない!
ボクはこの表現方法をCGで昭和30年代を再現した「3丁目の夕日」に対する強烈なアンチテーゼだと受け取りましたよ。たしかに「水木しげる」ものって何をやっても成立してしまうような世界観を持ってると思うけど、流石にこの表現方法には面食らいました。そしてなによりスゴくカッコ良いと思いました。「自由にやっていいんだ!」って事を大胆に宣言しているようで、このロケ地の選び方は個人的にムチャクチャ素晴らしいと思いますよ!


まあCGを使わずに「昭和30年代の日本」や「妖怪たち」を表現していて、本当に素晴らしいからこそ一個残念に思った点もあるんだけどね。


それはラスト近くに出てくる火の玉がCGだったって事。そここそCALFのアニメだろう!と思った次第。せっかくCGを使わずにあそこまで素晴らしいものが出来てたのに、結局はやっぱり使うんかい!と突っ込んでしまいました。夫婦2人に同じものが見えた!って事なら「今まで分業して作ってたマンガの作品」→「CALFのアニメタッチで火の玉」の方がしっくりくるのではないかなあ...と思いました。あれ最後までCG使わなかったら本当にカッコよかったのにね。CGが悪いってことじゃないですよ。この映画では不要だったのでは?って事。


でも、こういう映画がちゃんと劇場で公開されてるっていう事が嬉しいですよ。キャッキャとはしゃいじゃってる映画ばかりが重宝されるのはさみしい限り。ちゃんと地に足付いた丁寧な作品というか、昔からある伝統的な日本映画の進化系ってことでオススメです!




【おまけ】
劇中の水木しげる先生の作業場には壁一面に大量の本とスクラップブックがあります。水木先生はどんなに貧乏で明日食べるものに苦労しても本やスクラップブックを一度も質に入れる事はありませんでした。それほど水木先生の創作活動には必要不可欠なものだったからです。
そこで今年の夏に出たこんな本をご紹介!


黒のマガジン vol.2

特集・水木しげる 〜水木画の源流を求めて〜
    対談・水木画と西洋美術の世界 足立守正×藤本和也
    水木コラム・足立守正炭子部山貝十藤本和也
漫画・妻殺し 裸の弾痕!(顔画工房)
漫画・ゲバルト西海(炭子部山貝十
漫画・ふらふらふらり9(藤本和也
スペシャルゲスト漫画・旅(大橋裕之




これはイラストレーターの藤本和也さんが自主出版している本で、藤本さんが長年の研究で発見した「水木しげる作品の元ネタ」を事細かに発表するという、アナザーサイド「水木しげる研究本」です!
水木先生の他の作品からの「いただき」っぷりは実はハンパじゃありません。鬼太郎のライバルとして有名なバックベアード
「妖怪マチコミ(1966)」より


内藤正敏の「新宿幻景・キメラ(1964)」から思いっきりいただいちゃってたり...等々。


水木先生が決して売らなかった本やスクラップ帳には、こういった世界中の美術品の絵や写真が貼ってあったんだろうなあ...と良い幻想が膨らみましたよ。


この「黒のマガジン Vol.2」は本当にオススメです!
テレビやネットだとこういうのって「パクリ」だ「トレース」だ「完全に一致」だと言われがち。
勘違いしてもらっては困る点は、水木先生に対する愛情とリスペクトですよ。この研究本にはそれが詰まってます。
この本の魅力や解説に関しては友人の犬麻呂さんのブログを読んで頂くと非常に早いです。
信販売や中野ブロードウェイタコシェで売ってますんで是非読んで頂きたい!

購入方法、この本についての詳しくは作者の藤本さんのブログをどうぞ!