「苦役列車」

「ヒミズ」の時同様、この作品もラストに触れざるを得ないので若干ネタバレしてます。観てから読む事をお薦めします。



この夏の映画興行戦争、第一弾として「海猿」「ヘルタースケルター」「苦役列車」と公開されましたが、この中で「苦役列車」を初日に新宿バルト9で観てきましたよ。流石初日、満員。

【あらすじ】※シネマトゥデイより引用

1980年代後半。19歳の北町貫多(森山未來)は日雇い労働で得た金を酒に使い果たし、家賃も払えない生活を送っていた。他人を避けながら孤独に暮らす貫多だったが、職場で専門学校生の日下部正二(高良健吾)と親しくなる。そんなある日、古本屋で働く桜井康子(前田敦子)に一目ぼれした貫多は、日下部に取り持ってもらい彼女と友達になるのだが……。

【予告編】

以下、感想。








クソ面白かったです!


普段映画に対して点数って付けませんが、90〜5,000点くらいつけてもいい感じ。クセの強い作品なので恐らく一般的な評価が低いかもしれません。しかしながら、この映画を観た人にもし「つまらない」とか「汚い」とか「あのクソ野郎!」なんて感想を言わせちゃってたら、さらに8,000点プラスにしてもいい。それくらい存分に楽しんでしまいました。


冒頭の雰囲気からしてもう良いのですよ。80年代初期のセントラル・アーツ作品を思わせるようなフォント。文字と画で一気にバブル前夜に連れて行かれます。バルト9から一気に新宿東映へタイムスリップ。「サニー 永遠の仲間たち」も80年代の再現力がすげえと思ったんですが、この作品もほぼ完璧に好景気で浮かれ始める直前の日本の風景を再現してましたね。飲んでるジュースがSASUKENCAAなんですよ(しかもちゃんとプルトップで開けるタイプの缶)。また、80年代の雰囲気は登場人物のツラにも良く出ていて、例えばストリップ嬢であったり、サブカルニューアカ(!)気取った女子大生であったり、メイクに現代の雰囲気を一切出していません。久々に観ましたよ、あの当時のげじ眉。これはここ最近の映画が如何にこういう細部に手を抜いていたかが逆説的にわかってしまう部分ですけどね。


俳優陣はまさに適材適所。主役を演じる森山未來は、恐らく考えうる全ての汚らしい演技をやりきってましたね。NGとか無いんですかね、この方は。「汚く笑う」とか「卑屈かつ見下して人を見る」みたいな演技が絶妙なんですよ。あーこいつは近寄らない方が良いな!というオーラが良く出ていました。対して、親友となる日下部を演じた高良健吾も良い対比になっていました。あいつもしゃあないな〜!女に寄って趣味が変わってしまう「若さ」とかよくわかりますよ。
なにより白眉なのは前田敦子でしょう!去年「もしドラ」を観ちゃって心の底から「頑張って欲しいなあ...」と思ったもんですが、やはり監督が変わると存在感もはっきり変わるもんなんですね。彼女に対してボクが前々から持っていた「違和感」がこの作品に於いては無い。本が好きな大学一年生の、都会暮らし一年目の女子のあの無防備さとか見事ですよ。あとしっかり濡れ場もありましたよ。間接的な表現ですが明らかに濡れ場。トップアイドルだからお茶を濁すかと思ったんですけどね。予想以上に体当たりの演技をしていて素晴らしかったです。


俳優でいえば、男性陣の圧倒的な存在感が忘れられません。共通していえる事は「イイ顔」揃い。まさかマキタスポーツの演技でホロリとさせられるとは思いませんでした。あの説得力って恐らくマキタさん自身の歩んできた道と若干ダブるような感じもあるからなのかもしれません。フィクションとノンフィクションが一瞬交差する瞬間に感動。また、いまおかしんじ監督作品の名バイプレイヤー佐藤宏が話に割り込むおっさん、カンパニー松尾監督のAVでおなじみの柳光石 a.k.a.花岡じったが実に凶暴なキャラで作品に不穏な空気を流しているあたり、個人的に非常に嬉しく思いました。柳光石演じる寺田が持っている威圧的な体格が良いんですよ。腕っぷしだけでここまできた感じとか。あと、この映画であれば、林由美香さんがどこかに出ていてもハマっただろうなあ...とも思いました。


「既に完成されたたった一人の世界」で生きている主人公北町貫多が、他人という全く違った世界にバチバチとぶつかりながら飛び込んで行く姿、また、他の世界にぶつかった結果生み出す自分の将来将来に向かって一歩踏み出す姿は、ボクのような同じクズには非常に身につまされました。


で、恐らくこのあたりが西村賢太さんの原作の世界観と大きく違う部分だと思うんですよ。原作の方は物語の出だしからラストまで現状は結局何も変わらない。なにしろ「苦役列車」に乗っちゃってる訳ですから。しかしながら映画でそれやっちゃうと成立しないんですよね。映画の場合はオープニングとラストでははっきりと状況が変わっていないといけない。死ぬでも生きるでも殺すでも助けるでも何でも良いんですが、物語を牽引する者は何か一つでもアクションを起こさないといけない。このあたりが「純文学」と「映画」の差異だと思うんですよね。「苦役列車」を原作通り映像化したら恐ろしくつまらないモノになってたと思いますよ。「で?」っていう。逆に映画の脚本を小説化しても面白くないはず。「ベタだな!」で終わり。
この作品は原作の良いところを臨界まで残しつつ、驚くほど大胆にアレンジして一つに纏められた奇跡的な映画だと思います。


映画の出来もさることながら、ボク自身の思い入れがちょっと強くなった作品かもしれません。「モテキ」とか「監督失格」とか、大手の映画会社とインディーの映画作家との「融合」は、もう既に始まっているなとは思ったけど完全にメジャーとインディーの底は抜けましたね。
三角マークという日本の映画のトップクラスのブランドの下、新進気鋭の若手No.1俳優から日本を代表するトップアイドル、いぶし銀のお笑い芸人、ピンク映画の俳優からAV男優まで、あらゆる才能が一つの映画に結集しているという、この事実に嬉しさを隠せません。この映画もまた邦画の「ちょっと良い未来」を予見させる映画。まるで夢を見ているようでした。




【おまけ】

既存の音楽の使い方も素晴らしかったです。たしか森進一にとっての苦境からの再出発「ONCE AGAIN」的な曲だったはず。




※本文から漏れた感想

  • AVメーカーのHMJMイメージリングス故・しまだゆきやす氏の名前が入っているのもちょっと感動的でありました。
  • 奇しくも「サニー 永遠の仲間たち」と全く同時期の話なんだよね。
  • 貫多のあの「人を道具として見てる感じ」ヤバいね。ああいう人いるね。
  • 80年代のボウリング場とかよく見つけるなあ。
  • 原作では暈されてた個人名が映画だと出てくる。その点、映画の方がちゃんと踏み込んでた。
  • 80年代を完璧に再現してたけど、一点だけ。トラックのナンバープレートは明らかに現代のモノだったね。アレが残念だけど、これは重箱の隅をつつく行為。
  • モテキ」を綺麗に裏返したような感じがしたんですよ。主人公が性欲に忠実とか、部屋の感じとか、泥だらけになりながらキス→頭突きとかモロに。わざとかと思いました。
  • シネパトスとかユーロスペースとかK'sシネマとか。味のある映画館の平日のレイトショーで、おっさん数人の中でひっそりと観て「良い作品だなあ...」とひとしきり感動して帰りに一杯やる「極私的映画」なのに、これを土曜日の真っ昼間に新宿バルト9で、満員の中で観たってのが気持ち良かったですよ。観終わって客席眺めちゃいましたもの。やっぱ「きょとん?」ってしてたカップルとかいてね。率直な気持ちを申せば端的に一言。「ざまあみろ!」って思いました。